汗だくセレクトショップ
行く宛てもなく散歩にでかけた。
近所にパン屋がある。普通の2〜3倍ぐらいするけど、丁寧に作られた上質なパンが買える。そこでミルクフランスをお持ち帰りして公園で食べようと思っていた。
ふと思い出したかのように看板を見る。2階の奥に服のセレクトショップがあるらしい。1階のパン屋と違い、わざわざ階段を上がらないと行けないハードルがある。なぜか、そこに行きたい衝動が生まれた。
私はファッションに無頓着だ。ユニクロでまとめ買いして「痛い出費だなあ」と思うし、靴は気に入ってるけどボロボロになっている。
それでも気になる。昔は古着屋さんで似合う服を選んで買ってた時期もあり、服を眺めたい欲はある。買うお金がない。
最近、何かと「勇気を出す」機会がなくなってしまった。幸い、今までの人生と比べると「現状維持できる」ことの価値とありがたみを感じられるようになった。
しかし、このままでいいんだろうかと自問自答する。もしかしたら、このセレクトショップに飛び込んでみたら、新しい刺激が得られるかもしれない。理由はわからないけど、行かなかったら後悔しそうだ。
そんな焦燥感から、セレクトショップのドアを開けた。
整然と並んだ服達、そして小物達。こじんまりとした綺麗な世界。
店主は静かに、気さくに声をかけてくれた。適度な距離感で少し安心した。
話によると、遠くから来るお客さんが多いとのこと。自分みたいな近所の通りすがりは珍しい。
モード系寄りの服が多く、よく見ると個性的なデザインやサイズ感の服が多いらしい(半分ぐらいわからんけど)。
……そのうち、服や額に汗をかいてきた。やばい。
まず、それなりに散歩した後だった。ただでさえ汗をかく。服装の調節も苦手で、今日は暖かいのに4枚ぐらい重ね着していた。
そしてとても緊張していた。慣れないセレクトショップに立ち入り、無頓着な服装で、おまけに汗をかいている。
とても恥ずかしい。「ああ、このお客さんは冷やかしだな」と思われるのもつらい(実際そうだ)。臆病な自尊心の塊は、ついにごまかしきれないほどの汗を放出した。
うつむいたら汗が床に垂れる。商品に汗を垂らしたらウン万円の買い取りコースになるだろう。
とりあえず服の陰に隠れ、袖で汗を拭く。そして「袖で汗を拭くなんて、ファッション舐めてるだろ」と思われてるに違いないと、さらに汗が止まらなくなる。
なんとか「ありがとうございました」と言って店を出られた。店主の視界から消えたところで堂々と汗を拭う。「思い残すことはない」という謎の達成感と、「二度と顔を見せられない」という恥ずかしさが同居する。
家に帰るまで、ひたすら羞恥心に襲われた。人のいないところで奇声を発しながら、しかし向かいから人が来るので一般散歩市民を装いながら帰路をやり過ごした。
何かを成すために勇気を出すことには、恥ずかしさを伴う。勇気を出すまでの恥ずかしさと、勇気を出して失敗したときの恥ずかしさがある。
「何事もチャレンジだ」といった使い古されたフレーズがあったりするが、つまらない日常を変えるようなチャレンジの機会は、案外近くにあるのかもしれない。近所のイオンやイトーヨーカドーにも、そういう機会はあると思う。
そのとき「恥ずかしいっ!」という気持ちをよく観察しておくのがよい。アレルギーのような過剰な羞恥心が生まれるのは、何かしらの原因があるのだと思う。その原因をほじくらなくても、「昔なにかあったんだろうな」ぐらいは思ってもいいだろう。
家に帰った私は、上着以外のすべての服を脱衣カゴに投げ込んだ。汗でびっしょりになった服達を見て、「やっぱりユニクロでいいや」とセリフを投げ捨てた。
藤原 惟