論理は一本の「糸」である: 嘘・ニセモノ・詭弁と戦うための論理学入門

TwitterなどのSNSでは議論がよく起きます。 この記事を書いている頃、世間では舛添氏の賛否が問われています。

しかし、込み入った話ほど「意見と感情のぶつけ合い」、いわゆる水掛け論に終始してしまいます。 例えば、舛添氏を「非難」する「議論」は、実際は「感情論」「うっぷん晴らし」が目的で、それに「理屈」というコロモを付けることに終始することが多いです。それは、本当の意味で議論として成り立っていないものです。

また、詐欺やニセ科学・ニセ医学は基本的に「誤った論理」を積極的に活用することで、人を騙します(加えて、心理学的なテクニックも活用します)。 騙されないためにも、論理の基本を抑えておくと生活の役に立ちます

ただ、議論の作法や論理学は、大学院で議論のトレーニングを積んだり、ビジネスの現場でロジカルシンキングをやらないと、なかなか身につきません。

そこで、Twitterなど日常における話し合いで、「まともな議論」のスタートに立つために、論理学について学んでみましょう。最後に、まんがを含めた入門書をいくつか挙げてみます。

※ ここでいう「論理学」は、ビジネスでいう「ロジカルシンキング」とは、かなり異なります。その違いについては、下記の記事をご覧ください。

www.3rd-p-zombie.net

論理とはなにか?

辞書を引いてみます。

ろんり【論理】

1 考えや議論などを進めていく筋道。思考や論証の組み立て。思考の妥当性が保証される法則や形式。「―に飛躍がある」 2 事物の間にある法則的な連関。 3 「論理学」の略。

出典:デジタル大辞泉

直感的には、一本の「道」「糸」「筋」をイメージしてください。

それが途切れず、始点から終点まで繋がっている。それが論理(正確には証明)の基本イメージです。

brown beads

論理の例 その1: 古典的な三段論法

論理と聞いて「三段論法」という言葉を思い浮かべる人もいるでしょう。 これは、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスが提案した論理の形式です。

(他にも色々な論理の形式がある、ということも重要です。)

その中でも古典的な例を挙げます(注:ソクラテスはアリストテレスの師匠にあたる哲学者です)*1

  • 大前提: 全ての人間は死ぬ
  • 小前提: ソクラテスは人間である
  • 結論: よって、ソクラテスは死ぬ

これを図に示すとこうなります。

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大前提も小前提も古典的な三段論法の用語で、現代ではまとめて前提と呼びます。

前提とは、「このことに関しては、みんな同意できるよね?→じゃあ、これは正しいと認めましょう」というような、(本来ならば)正しいと認められる物事(命題)をいいます。 例えば「全ての人間は死ぬ」ということについては、人間にはおおよその寿命があるので、(ひねくれた考えをしない限り)ほぼ全ての人が納得できると思います。

ただし、この前提そのものが間違っている場合がしばしばあり、あとで話すような「論理の誤り」になります。

ここでまず重要なのは、

  • 前提が崩れると、論理全体が台無しになること(後ほど詳しく話します)
  • 大前提と小前提は、「人間である」ということ(一般に命題と呼びます)で繋がっていること → 糸のイメージ!
  • 2つの前提から、結論が導かれること

です。このように、いくつかの前提から結論を導き出す作業を、演繹(えんえき)と呼びます(数学では同じ作業を証明とも呼びます)。

論理の例 その2: 三段論法(アレンジ版)

別の例を考えてみましょう。先ほどの三段論法を、こう書き換えます:

  • 人間 → アイドル
  • ソクラテス → 初音ミク

(もしここで「何かがおかしい!?」と思ったら、その疑問を忘れないでください。)

書き換えた後の三段論法はこうなります:

  • 大前提: 全てのアイドルは死ぬ
  • 小前提: 初音ミクアイドルである
  • 結論: よって、初音ミクは死ぬ

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【問題】この結論は正しいでしょうか?

・・・ここで「あれっ?」「あっ、おかしい!」と思えるでしょうか? 先に正解だけ言います。

【答え】この結論は間違っている。

結論はなぜおかしくなったのか?

さて、なぜ結論がおかしくなったのでしょうか?

それは、大前提として間違った前提を仮定したからです。

大前提は「全てのアイドルは死ぬ」でした。 アイドルの定義は何でしょうか?


定義や前提を確認することは、論理において非常に重要です。実はあえてこの定義を曖昧にしたのですが、この曖昧さが論理的誤りの大きな原因です。ちなみに

  • わざと(意図的に)ミスリードさせるために誤って使う論理:詭弁(きべん)
  • うっかり(意図せず)間違えたときの論理:誤謬(ごびゅう)

と呼びます(参考: 詭弁 - Wikipedia)。


「アイドルの定義」を確認しましょう。

学問的にはあまりよくないですが*2、簡単のためにWikipediaから引用します。

アイドルとは、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を意味する英語に由来し、文化に応じて様々に定義される語である。

アイドル - Wikipedia

ここで重要なポイントは、「実はアイドルには人以外も含まれる」という点です。実際に、初音ミクは(多くの人の共通認識としては)

  • 生物学的な意味での人間ではない
  • 寿命はない(死なない

という特徴があります。

これを踏まえて大前提に戻ると「全てのアイドルは死ぬ」とありました。初音ミクはこの意味では「アイドルであるが、死なない」存在です。よってこの大前提は間違い(=偽)と分かりました。

以上より、大前提が間違っているので、同様に結論も成り立たない(=偽)のでした。

もう一度繰り返します。前提が崩れると、論理全体が台無しになります。 まずは、これを頭に叩き込んでください。

なぜ論理学を学ぶとよいか

話は最初に戻ります。 Twitterなどで毎日のように繰り返される、不毛な議論を思い出してください。あるいは、詐欺やニセ科学の事例でもよいです。

  • 議論の前提は確かでしょうか?
  • 言葉の定義は確かでしょうか?
  • 暗黙の前提はないでしょうか?
    • それは暗黙の「常識」、それも個人が勝手に妄想した「常識」ではないでしょうか?
  • 論理に飛躍(ジャンプ)はないでしょうか?
    • イメージとして、「糸」がちぎれていたり、スパゲッティに(あえて)されていませんか?

このような想像ができるようになると、嘘や詭弁や誤謬といった「論理の誤り」を素早く発見できるようになります。

これこそが、論理学を学ぶ意義です。

論理学のおすすめ本

論理学は、勉強するには正直しんどい学問だと思います。なので、最初はまんがで全体をつかみ、その後本格的に学ぶとよいでしょう。

論理学を学ぶ上では「自分で問題を考える」ことを心がけてください。できれば、紙やノートに文章を書くとよいです。

初心者向け: まんがで学ぶ論理学

まず、『それゆけ!論理さん』というまんが形式の入門書(PDF)が無料であります。まずは、騙されたと思って読んでみてください。

www.u-gakugei.ac.jp

『それゆけ!論理さん』はこんな感じのまんがです(引用元:上記サイトのPDF)。

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次に、結城浩先生が原作のまんが『数学ガール ゲーデルの不完全性定理』をおすすめします。

数学ガール ゲーデルの不完全性定理1 (MFコミックス アライブシリーズ)

数学ガール ゲーデルの不完全性定理1 (MFコミックス アライブシリーズ)

数学ガール ゲーデルの不完全性定理 2 (MFコミックス アライブシリーズ)

これらは、理系の方向けに後でおすすめする同名の書籍を漫画化したものです。そのため、ある程度数式に慣れた方でも、書籍版の予習として十分楽しめます。

文系の方向け: 新書レベルの入門書から

基本的には、論理学の専門家である野矢茂樹という先生の本がおすすめできます。

ビジネスパーソンが読めるレベルの新書であれば、『入門!論理学』をおすすめします。

入門!論理学 (中公新書)

入門!論理学 (中公新書)

大学でこれからレポートや論文を書く学生さん(理系・文系問わず)や、少し本格的に論理を学びたい方には、『論理トレーニング101題』をおすすめします。これは「数式の出ない論理学本」としての名著です。

論理トレーニング101題

論理トレーニング101題

理系の方向け: 数理論理学を学ぶ本

数式にある程度慣れている方は、ぜひ数理論理学にチャレンジしてみてください。本格的に学ぶと恐ろしく高い頂ですが、登りきったところからは「数学や論理のすべて」を手に取るように見下ろせる感覚があります。

まずは、結城浩先生の『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』を読んでみてください。前半は気楽に読めますが、おそらく後半になるほどしんどくなります。その分、読後の達成感は強く、数学をメタな次元から見下ろせる感覚が得られるでしょう。

数学ガール/ゲーデルの不完全性定理 (数学ガールシリーズ 3)

数学ガール/ゲーデルの不完全性定理 (数学ガールシリーズ 3)

定番の教科書としては、野矢先生の『論理学』があります。 対話形式の解説で、(理系であれば)読み物を読む感覚で現代論理学へと案内してくれます。

論理学

論理学

おわりに

論理を学ぶことは、易しくはありません。しかし、一度理解すれば、必ず自分を守る武器になります。

例えば、法律などは確かな論理に基づいています。基本的には「できる限り論理を使って客観的に解決し、それでも無理なら人間の良心(裁判官・裁判員の決断)で判断しましょう」という方針が、日本で主流な法学の考え方のはずです(素人の理解ですが)。

つまり「理詰め」をしておくことで、無用のトラブルを避けたり、いざトラブルが発生したときにやるべきことが分かります。例えば「証拠集め」は、論理学で言えば「議論の前提をしっかり整えること」になります。証拠が多いほど、例えば裁判になったときに有利になります。

難しいと思うので、できる範囲で学んでもらえたら幸いです。 まんがを読むだけでもよいですし、全く自力で分からなくても人に頼めばよいです。その際、「論理がわかりそうな人を選ぶ」ための基準があるだけでだいぶ違います。

嘘・ニセモノ・詭弁と戦うために、この記事の内容をぜひ活用してください。

藤原 惟

*1:誤っていたので訂正します。「ソクラテスはプラトンの師匠」が正しく、アリストテレスはプラトン主宰のアカデメイアという学園で学びます。 アリストテレス - Wikipedia

*2:学術論文や書籍では、原著論文・書籍などを一次資料、一次資料のリストが載っている資料を二次資料と呼びます。基本は一次資料を使い、補助的に二次資料を使うことになっています。Wikipediaは誰でも書き換え可能で、正確性を保証しないので、学問の世界では基本的には参考文献として原則としては使えません。詳しくは 卒業論文、修士論文関連のエントリー - 発声練習の「誰も教えてくれない論文シリーズ」を参考にしてください。